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創業の原点

当社創業の原点

当社創業の原点漆器職人と合成樹脂の出会い

01漆器職人からの出発高木作次郎と高岡漆器

創業者・高木作次郎(1890-1969)は、1904年、14歳で漆器店に奉公に入り、漆塗り職人の道を歩みはじめました。

修行時代の作次郎はたいへん勤勉で、漆器というものがどれほど複雑な工程を経て作られるのか、身をもって感じていました。高岡漆器は、木地づくり・彫刻・下塗り・中塗り・上塗りと幾重にも積み重なった工程を経て独特の質感が生み出されるのですが、この工程の複雑さを「量産が容易ではない」という課題として捉えていたのです。

作次郎が愛用した彫刻刀
「何とか量産はできないだろうか・・・」

1919年に独立した作次郎は、手のかかる従来の角盆から、ロクロ仕上げで作れる丸盆に転換し、1枚45銭(現在の価値で1,800円程度)で売れる大衆向けの漆器づくりに成功。また、さらなる量産化をめざして近隣地域の木地職人との分業体制を築き、多いときには月に数万枚を作って全国各地の百貨店や企業に納めるまでに至りました。

高岡漆器・富士山角盆
このようにして営業基盤を拡大し、1931年、高岡の地に当社の前身となる漆器問屋「高木漆器店」を開業しました。

作次郎は、商人としての意欲も旺盛で、丸盆から出発して菓子器、漆火鉢へと新しいデザインを採り入れた商品を次々と考案し、販売。また、企業家としての資質と時代のニーズを見極める経営感覚によって高木漆器店を順調に成長させていきました。

高岡漆器・梅彫刻丸盆

02合成樹脂への転換時代のニーズに応えるために

様々な工夫によって効率化は実現しましたが、高岡漆器づくりの複雑な工程自体は変わっておらず、生産量の飛躍的な増大は難しい状況でした。

また、海上輸送中の湿度による木地の伸縮変化が原因で返品が発生するなど、木製ゆえの欠点も浮き彫りになっていました。「このような木製の木地に頼るということからして、改めなければならないのではないか・・・」作次郎はこのように考え、木の代替素材としての合成樹脂に着目したのでした。

時は1937年。国内の戦時色が強まり、物資の節約をしなければならない状況の中、金属に代替するものとして耐熱性が高く量産が可能なベークライト(フェノール樹脂)が日用の食器として注目されるようになった頃でした。

1937年頃の高木作次郎
ベークライトを活用すれば長年の懸案を一挙に解決できると考えた作次郎は、直ちに研究を開始しました。

試行錯誤を繰り返す中で、ガラスのように表面硬度の高いフェノール樹脂に漆を塗ると、すぐにはげてしまうという問題に直面しましたが、特殊表面処理によって絶対にはげないベークライト漆器の考案に成功。「これはいける」と確信した作次郎は、全財産を投入して新しい作業場とハンドプレスを購入し、プレス技術を習得するために東京へ何度も通いました。そして、金型に彫刻することで木製の風合いを出すことにも成功。1940年、コストダウンと量産化を実現した新たな漆器を「高明漆器」と名付け、百貨店を通じて一斉に売り出したところ、思惑通りに注文が殺到し、大盛況となりました。

高明漆器

高木漆器店にとっては、この1940年が木製漆器製造から合成樹脂漆器製造へと一大転換した変革の年であり、プラスチック製品の製造を主要事業とする後の高木製作所・タカギセイコーの実質的な出発の年となりました。

製品のみならず、金型をも自ら手掛けるこだわりは、金型設計から製品化までのプロセスを一元的に管理する当社独自の「TS生産一貫システム」の原点であり、樹脂に漆を塗るという挑戦は、当社が強みとする「プラスチック成形品への加飾技術」の原点です。当時の「ものづくり」に向き合う姿勢は、DNAのように今日まで脈々と受け継がれています。

03高木製作所の誕生「高岡」 から「世界」へ

しかし、戦争が激しさを増すなか、高明漆器の需要は伸び悩むこととなります。

原料であるフェノール樹脂の調達も困難を極める状況となり、高木漆器店は同業2社との企業合同を余儀なくされました。「高明漆器が軌道に乗りかかったのに、時代の流れには勝てない、原料も手に入らない、会社も無くなってしまう…」言いようもない無念さが漂う中、1945年8月の終戦を迎えました。

このときに味わった無念をバネに失意から立ち上がり、1946年3月、作次郎は新会社「高木製作所」を設立。
高木製作所中川工場(1948年頃撮影)

従業員20名程度、ハンドプレスが十数台、油圧プレス機が数台というごく小規模で再スタートを切りました。ソケット・プラグ・スイッチカバーなどの電気部品を主に手がけ、「戦後の物不足の中、注文に生産が追いつかず、連日フル稼働が続いた」という当時の記録が残っています。

その後、高木製作所は戦後の花形産業となった紡績機器の部品をはじめ、マイカー時代の車両部品、カメラのボディ等の精密プラスチック部品など、その時々の最先端分野においてプラスチック化に取り組み、成功を重ね、成長を遂げました。

1959年8月 高木製作所を法人改組し、株式会社高木製作所設立。
1986年4月 社名を株式会社タカギセイコーに変更。
また、お客様の海外進出に合わせ、1995年の高木精工(香港)有限公司の設立を皮切りに、中国・インドネシア・タイへと海外展開を進めました。

そして現在も、当社は「技術・品質・創意・挑戦」の社是のもと、最先端の技術を駆使しながら国内外のお客様に製品を供給し続けています。

時代のニーズとお客様のご要望を敏感に捉え、それを“カタチ”にしてきた歩みが、タカギセイコーの歴史そのものであると私たちは考えています。

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